(31°55.7777’N)(35°77.77777’E)

2024.2.24

所有者のSさんと卯辰山の汐見坂緑地で待ち合わせをして、歩いて目的のお家へ向かう。2月にしては珍しく良い天気のなか、急な坂道をゆっくり下っていく。歩いていると時折視界がひらけて、遠くに水平線が見える。普段まちなかに住んでいると山は見えても海は見えない。この町なら、山が近くて、海も見える。金沢の大きな地形を感じるエリアだ。

ぐるっと大きなカーブを曲がると、お家が見えてきた。黒瓦がのっていて、アルミサッシではなく木製枠の窓がついている。道から階段を数段上がって入口へ向かう。

中に入ると、白い壁に囲まれた少し洋風の玄関。二階へ続くささら階段も見える。玄関の横のトイレ前に壁が一部だけへこんだニッチがあり、そこにぴったりおさまる形で小さな手洗いスペースが設けられている。淡いグリーンのモザイクタイルと白い陶器の組合せがかわいらしい。窓からやさしい光も入ってくる。壁にはタオルがかかっていて、今でも誰かがここで生活しているみたいだ。このタオルはいつからここにあるんだろう?

トイレの中はニッチと同じくグリーン系のタイルが張られている。タイル上部の引き違い窓に加えて、足元のコーナーには小さな小窓。光がタイルや陶器、ステンレスに反射して、全体的に明るい雰囲気だ。

玄関からダイニングに入る。キッチンは、ステンレス製の扉がついた製品だ。キッチンシンクの横には水切かごが置かれていて、洗ったお皿にはタオルがかけられている。ここも時が止まっているみたいだ。誰かがここでお皿を洗ってかごに入れ、タオルをかけた瞬間を想像する。その瞬間から、今までに流れた時間を想像する。

Sさんの旦那さんのご両親がここで暮らしていた。もともとはまちなかに住んでいたが、きれいな空気を求めて、この場所にうつった。この家を建てるときは、使う木材にもこだわって作り、庭も大切に手入れしてきた。隣に大きな新築のお家が建つまでは、2階の窓から遠くに水平線が見えた。30年ほど暮らした後空き家になり、さらに30年近くが経とうとしている。

2階の窓から水平線は見えなくなったけれど、今でも障子をあければ豊かな緑が見えて、やわらかな光が入ってくる。ここで昼寝をしたら気持ちよさそうだ。1階には、まだ少し物が残っている。輪島塗のお皿や、九谷焼の壷、万年筆、ちりとり。残された物から、人柄を想像する。

一通り見せてもらった後、Sさんと近くの喫茶店でコーヒーを飲みながらお話をする。喫茶店からは遠くに水平線が見えて、空には冬のあたたかな光が満ちていた。

Written by Toshiyuki Nakagawa